元インドネシア大統領夫人で、現在日本でタレントとして活躍しているデヴィ夫人(デヴィ・スカルノさん)。
若い頃は、超絶美人だったとか。
また、デヴィ夫人は若い頃にコールガールの仕事や入れ歯にしたなんて噂も・・・
今回は、デヴィ夫人の若い頃の画像や歴史・気になる噂についてまとめました!
デヴィ夫人の若い頃が超きれい!東洋の真珠と呼ばれた頃の画像5選
デヴィ夫人の若い頃は「東洋の真珠」とよばれるほど美しくて有名な女性。
そんな若い頃のデヴィ夫人の画像と歴史を紹介していきます!
幼少期〜16歳頃のデヴィ夫人
デヴィ夫人の本名は、ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ。
日本名は、根本七保子(ねもとなおこ)さん。
日本生まれ日本育ちで、現在はインドネシア国籍です。
デヴィ夫人の生い立ち
- 現在の東京都港区麻布で生まれる。
- 1955年、15歳の時にエキストラとして映画に出演
- 中学校を卒業後、東京都立三田高等学校定時制課程に進学と同時に千代田生命保険に150倍という倍率の中、見事採用され、入社。
- 1956年、父が亡くなる。家計の為に高校を中退し、有名高級クラブで働くことに。
デヴィ夫人はお父さん・お母さん・弟との4人家族だったそう。
お父さんの職業は、大工の棟梁。
家庭はあまり裕福ではなく、高校時代は社員として働きながら、定時制高校に通い、休み時間や休日は喫茶店でアルバイトをするなど、一生懸命働いて家計を支えていました。
上の画像は、中学時代のデヴィ夫人。
あどけなさが残る、美形の女の子ですね!中学生でこの大人っぽさはすごいです!
下の画像は、中学を卒業して、16歳頃のデヴィ夫人。
さらに大人っぽさが増して、着物姿が色っぽい!
18歳頃のデヴィ夫人
1956年にデヴィ夫人のお父さんが亡くなってしまって高校を中退することに。
さらに、懸命に様々な仕事を掛け持ちして家計を支え続けるデヴィ夫人。
1957年、17歳の時にデヴィ夫人は、アメリカ人宝石商のジェイムズ・ベイカーさんと知り合うことに。
ジェイムズ・ベイカーさんが、デヴィ夫人を様々な場所へと連れて歩いてくれて世界が広がっていったそうです。
連れて行かれた場所の1つに、赤坂にある有名な高級クラブ「コパカバーナ」があったんだそう。
デヴィ夫人は、その美貌と品の良さを「コパカバーナ」のオーナーであった長尾久子さんに気に入られて「コパカバーナ」で働くことになりました。
「コパカバーナ」でのデヴィ夫人は、働き始めてそうそう「プリンセス」と呼ばれるようになり、またたく間に人気者になったみたいです。
この美しさはすごいです。すぐ人気になるのもわかりますね。
「プリンセス」という愛称がぴったりです!
デヴィ夫人が「コパカバーナ」で働いていたのは、家計を支える為でもありますがど、もう1つ目的があったみたいです。
有名高級クラブの「コパカバーナ」は、世界各国のお金持ちの集まるクラブ。
この頃、漠然と世界へ出てみたいと思っていたデヴィ夫人にとって「コパカバーナ」は、英会話の練習の為にもってこいの場所であり、一流の外国人と知り合うチャンスでもある場所で、とてもありがたい職場だったんです。
20歳のデヴィ夫人(スカルノ元大統領と結婚)
1959年、19歳の時にデヴィ夫人は後に結婚することとなる、当時のインドネシア大統領・スカルノ大統領と出会うことになります。
デヴィ夫人が友達と旧帝国ホテルのレストランで待ち合わせをしていたところを、同じホテルでパーティーを開催していたスカルノ大統領に一目惚れされたんだそう。
その場でお茶に誘われて2人は意気投合。楽しくお話して、その時はお別れしたそう。
出会った時のスカルノ大統領に対してデヴィ夫人が感じた印象
- 第一印象で大きな優しい雰囲気を感じた
- チャーミングな八重歯と大きなキラキラした目が素敵だと思った
- たくさんの外国の富豪の中でも特別な人だった
- 出会った瞬間に稲妻に打たれたような衝撃を感じた
スカルノ大統領がデヴィ夫人を一目で気に入ってしまったのと同じく、デヴィ夫人もスカルノ大統領に運命を感じていたみたいですね!
一目見て恋に落ちてしまうほど、キラキラと輝いているデヴィ夫人。
まさに「東洋の真珠」ですね。
スカルノ大統領が、思わず声をかけてしまったのもうなずけますね!
デヴィ夫人とスカルノ大統領が意気投合して別れた後から2人は手紙のやり取りを始めたそう。
やがてスカルノ大統領から、求婚されることに。
当時、アメリカやフィリピンの富豪達からも求婚されていたデヴィ夫人ですが、スカルノ大統領の猛プッシュと、デヴィ夫人自身の直感でスカルノ大統領との結婚を決意します!
幸せそうなデヴィ夫人とスカルノ大統領。
とてもお似合いの夫婦ですよね!
デヴィ夫人は若い頃にコールガールの仕事をしていた?
デヴィ夫人は、結婚前の若い頃にコールガールの仕事をしていたという噂が飛び交っているそう。
でも、デヴィ夫人がコールガールの仕事をしていた時期には、すでにデヴィ夫人は「コパカバーナ」で働いていた時期みたいです。
デヴィ夫人の働く「コパカバーナ」はとても高級なクラブで、「コパカバーナ」で水割りを飲むと大卒の初任給が飛んでいってしまうほど、高級な価格帯のクラブでした。
「コパカバーナ」は、かなりのお金持ちじゃないと利用することができないお店だったんですね。
もちろん働く女性達もとてもレベルの高い条件があって、その条件がクリアできなければ働くことができないのだそう。
働くことができればお給料は桁外れの金額をもらえたみたいです。
このことから「コパカバーナ」で働いていたデヴィ夫人は、わざわざコールガールをしてまで稼ぐ必要はないように感じます。
根拠や証拠もない噂だから、コールガールをしていたという噂はデマかなと思います!
また、「コパカバーナ」で働きたい女性はかなり多く、条件を満たせずに働けない女性が多くいる中、突如現れたルーキーのデヴィ夫人は周りからの嫉妬や怒りをかってしまっていたんじゃないでしょうか。
妬みや嫉妬から、ありもしない噂を流されてしまったという可能性も高いですよね。
非の打ち所のないキレイさにやっかみの1つでも言いたくなりそうです・
デヴィ夫人は若い頃に入れ歯をしていた?
デヴィ夫人には、16歳の若さで総入れ歯にしたなんて噂もあるみたいです。
デヴィ夫人に、なんで入れ歯にしたのか問うと、「見栄えが良いからよ」なんて答えたというエピソードまで噂されていましたが、真相はどうなのでしょう?
欧米では、歯並びの良さは美人の大きなポイントの1つだと言われていますが、16歳の女の子が総入れ歯にまでするでしょうか?
調べていくと、デヴィ夫人が2018年3月に出演した番組で、デヴィ夫人の歯のレントゲンをとって診断するという内容のコーナーがあったそうです。
そのコーナーでわかったことは、デヴィ夫人の歯は全て自分の歯であり、過去に虫歯治療をしたあともなければ、現在も虫歯1つないキレイな歯であったということ。
このことから、デヴィ夫人は入れ歯にしていない。ということがわかりますね!
入れ歯だと思っちゃうほど、歯並びがキレイですよね!
今まで生きてきて、1度も虫歯になったことがないなんてスゴすぎます。
歯茎もとても健康だそうで、羨ましいですよね!
デヴィ夫人はハーフではなくてクォーター
デヴィ夫人は、彫りの深い日本人離れした顔立ちとデヴィ・スカルノという名前からも外国人?ハーフ?と感じますよね。
スカルノ大統領と結婚するまでは、日本名の「根本七保子」という日本人らしい名前で生活していましたが、家族の誰かに外国人の血筋の人がいるのでしょうか?
調べてみると、お父さんもお母さんも日本人にしては彫りの深い顔立ちであるものの、純日本人であることがわかりました。
デヴィ夫人のご両親
全部調べられたわけじゃないですが、どうやら親戚にも外国の血の流れている人はいないようです。
両親が純日本人なので、デヴィ夫人は、ハーフでもクォーターでもなく純日本人ですね!
純日本人なのにあんなにハッキリとした外国人風の顔になることがあるんですね。うらやましい。
確かに純日本人なのに、ハーフ顔の人ってたまにいたりしますよね。
デヴィ夫人は稀なタイプなのかもしれませんね!
こんなにキレイなハーフ顔の純日本人もいるんですね。
まとめ
今回は、デヴィ夫人の若い頃の画像や歴史・気になる噂についてまとめました。
若い頃のデヴィ夫人は、まさに「東洋の真珠」。
すごく美人で上品な上に、きっと話術や語学にも長けた魅力的な女性だったのでしょう。
デヴィ夫人は、自分で人生を切り開いて成功していったすごい女性です。
あらぬ噂をたてられたりしますが、1本芯の通ったデヴィ夫人は、あまり気にしていないように見えますよね。
このまま、デヴィ夫人のペースで人生を謳歌していくのでしょう。
若い頃の加賀まりこさんの写真が1枚紛れています。